■週刊うちばや 第2刊 懐かしのおやつ編

■子供の頃の思い出のおやつは?
週間うちばや第2刊は、『子供の頃の懐かしのおやつ』というテーマとなりました。
昭和世代と平成世代の家族ですが、年代と共におやつの流行があるだろうと楽しみです。

■昭和30年代~40年代の頃

まめかりはこどもだった。今のばさまである母に手を引かれて、二人でよくでかけた。
直線距離徒歩50mほどの所に小さなうどん屋さんがあった。

その他にはあまりお店はなかった。

幼稚園前のこどもの頃なので、その50mはとても遠く感じた。立派なおでかけだった。

うどん屋さんは6畳間くらいの三角形の敷地に立てられた店舗でとても小さかった。

テーブルが二つくらいしかなかったと思う。

優しそうなおじいさんとおばあさんがいて、静かにうどんを作っていた。

あまり会話はなかった、無口な いけてるうどん屋さんだった。

母は、関西で言うところの『素うどん』が好きで、具に関してはとろろ昆布とねぎくらいしか入っていなかった。

お金がなくてそれというわけではなかったと思う。私は、母にうどんを分けて貰って一緒に食べた。

そして、帰りには必ず『羽衣あられ』とか『みかんのシャーベット』『メロンのシャーベット』という駄菓子分類のアイスをおみやげに買ってもらった。そしてまた自宅にもどるのである。

昔は、あんまり店舗とかモールとかなかったから、そういうのがおでかけだった。

(あのマクドナルドができたのも、私が中学1年生くらいの時だ。当時ハンバーガーは80円だった。)

『羽衣あられ』は当時、東海道53次の浮世絵のカードがついていたように思う。

もしかしたら、永谷園のお茶づけの素と混同しているかもしれないけど。

幼稚園前だから、全く集めるなどの執着心は芽生えていなかった。

あられがおいしかったのである。結構、幼子が一人で食べつくすくらい好きだった。

本日、何十年ぶりで画像検索したら、このあられはブルボンのものという事。

もっと、日本風の小さな会社が作っていると思っていたが意外と大手でびっくりした。

そして、今も販売していた。このあられは昭和36年発売との事。いいたくはないが、同じ生年だ。

ところで、あのメロンとかみかんのシャーベットも調べた。今も懐かしいあのシャーベットは販売しているようだ。

画像を検索するうちにかなり濃い目の紹介サイトがあったのでリンクを貼っておく。

https://dailyportalz.jp/kiji/180926204020
メロンシャーベット駄菓子

どこにうっているの?

■昭和のおやつ事情 贈答編

昭和のおやつといえば、チクロ入りのチューブのチョコレートを思い出す。

まめかりが赤子の時の話だ。

母親が買い物に行っている間、近所のみよちゃん(小学生くらい)に子守を頼み出かけた。

帰宅してみると、赤子の顔が一面真っ黒だった。びっくり仰天である。

しかし、顔面の黒色はチクロ入りのチョコレートであった。塗りたくりよったのである。

今では笑いばなしだが。結構、パンクな子守野郎だ、何するねん。

チクロ入りのチョコは子供に人気の駄菓子だったと思うが発ガン性があり発売は禁止になった。

次に思い出すのは、親戚からの贈り物についてだ。

結構、昭和時代は中元やら何やら、何につけ贈答品が多かったように思う。

社会の繋がりが密だったのだろう。

有名なクッキー缶

よくお土産にもらったのは『そばぼうろ缶入り』とか『クッキー缶』だった。

こどものお口には、上等すぎてか、おばばくさくてあまり好きではなかった。

クッキーにに赤いゼリーとか緑のゼリーとか乗っているだけで、おばんくさい感じがした。

こどもは先進的なのだ。いまでは、高級菓子の部類だろう。軽くは手がでない代物だ。

また、こどもの頃は はしかとか病気になると親戚が聞きつけて『バナナ』や『メロン』をお見舞いに持ってきてくれた。

『メロン』は高級品の座を維持できているが、『バナナ』をお土産にする人は 今はいないだろう。

とにかく、昭和なのだ。

■遠足のおやつ

小学校の遠足の時は、学校から決められたおやつセットが配られた。

必ず入っていたのは、『ぼんたん飴』『さいころキャラメル』『三角形の袋に入ったあられ』『カルミン』『チロルチョコ細長いタイプ』である。

これも、何となく、全部がおばんくさいと思っていた。殆ど食べずに残して帰宅したと思う。

その頃のおやつで好きだったのは『ベビーチョコ』『アポロチョコ』『エンゼルパイ』『チョコフレーク』くちばしの色で何かもらえた『チョコボール』(中身はあまり好きではなかった)

全部チョコやん…。

それとか『ジューシー』

全て今も販売しているロングセラーである。

■現在進行形おやつ

じゃがりこーじゃがりこー

おとさんが、何かブログの審査の時にメーカー名を出すと通りにくいとの事でじゃがりこ祭りの記事がお蔵入りになった。

今のメインのおやつは、じゃがりこ、時々、チョコ物である。

じゃがりこの歯ざわりが大好きだー。会社でもお弁当の後にじゃがりこ祭りをしている。

わーーーい。

まめかりの 懐かしのおやつのおはなしは以上です。

mamekariの話題

小学生の時好きだったおやつがチョコ類ばっかりだった部分を見て、母の影響が強いんじゃないかと確信した(汗

昔はバナナは高級品だったんだよ

よくここまで小学生の頃を覚えてるね、濃ゆいわ


■あの国民的アニメに出てきたお菓子・・・の元ネタ?
皆さんは「チョコビ」というお菓子を知っていますか?

知っている人は意外と多いかもしれないんですが、現実世界のお菓子ではなく「クレヨンしんちゃん」というアニメ内で登場するお菓子なんです。

僕が幼少期の頃は、とにかく家でVHSをリピートして再生するか、スーパーファミコンをやるという時間が多くて、そのVHSのラインナップに「クレヨンしんちゃん」がありました。

映画版もあったかもしれないし、TV放送の特別版?みたいなのもあったかもしれないんですが、その作品中で共通して「チョコビ」というお菓子をとにかくしんちゃんが欲しそうにするんですね。

多分特別しんちゃんに憧れがあった訳でもない幼少期でしたが、しんちゃんが「物凄く欲しがる」謎の存在にはとても興味が惹かれてしまっていて、 「カンタムロボ」や「チョコビ」に似たものを凄く特別なものだと認識するようになっていました。

その似たようなもの筆頭候補に「コアラのマーチ」があって、買ってもらったときには物凄く喜んで食べていたと思います。多分・・・元ネタですよね・・・?子供の頃にその「コアラのマーチ」一粒一粒を貴重に食べる癖がついてしまってか、今でもお菓子全般を食べる速度は相当チマチマしてしまっています。

今となっては「コアラのマーチ」を買う事や食べることは殆どありませんが、出会った時にはきっと嬉しそうに食べている自分が想像できます。幼少期って大事ですね。

Ataliの話題

ぶりぶりざえもーん、俺のダシだ。ローンでも可。

だから食べるの遅いねん

そうそうそうそうそう


■酸味爆発!シゲキパーティ

かなりの酸っぱいもの好きとして各界隈で有名な私が小学生の時に目を付けたのがシゲキックス。

グミの中ではかなり固めな食感と、おやつどころか全食べ物の中でも上位に入るであろう酸っぱさの虜になった私は、お小遣いをもらったら決まってシゲキックスを買って10分で食べきっていました。

どれだけ食べても飽きなかったので、いつくらいから『シゲキックス10袋分を一気に食べたい!』というまるで小学生みたいな夢を持つようになりました。

そしてある時、同じくシゲキックスの虜となっていた友人の誕生日パーティにてその夢は叶えられることとなります。

私を含めて三人のバカもといアホな小学生がお小遣いを出し合い、人生初の大人買いをして家に集い、平皿に10袋全部をぶちまけて思う存分楽しんだのはとても良い思い出。

酸っぱいものを食べすぎるとだんだん舌の感覚がマヒしてくるのですが、酸味バカだった僕たち三人はそれにも怯むことなく食べ続け、そして飽きることなく食べ尽くしました。

その日から2-3日くらいはご飯をまともに味わえなかったですが、やはりそれでも良き思い出です。

あまりにも酸っぱすぎたためか、円錐状ではなくなったタイミングで酸味もかなり抑えられ、ちょっと酸っぱいかなくらいのハードグミにリメイクされたのが残念で、それ以来ほぼ見かけることも食べることもありませんでした。

ですが、つい最近ふと思いついて買ってみたら、形こそ円錐ではなく平たい丸状ですがその酸味は過去と同等くらいにまで戻っていてびっくり。
味も定番だったレモンやグレープから少し外れたホワイトソーダ味でしたがめちゃくちゃ美味しく、これはまたドハマりするなぁという予感。

果たして今の舌はシゲキックスパーティに耐え切れるのでしょうか。たぶん無理ですね。当時は若かったんだ……。

Toudaijiの話題

小遣いなんかあったん?(驚愕

うちは無かったよ(断言

たま~にあったよ・・・(震え声

これオフレコ?


■「週間うち流行(ばや)」今週のお題は「懐かしのおやつ」

となると世代間のギャップがはっきりとわかりますよね。

ぼくが育ったところは、田舎なのでスーパーマーケットとか綺麗なお菓子屋さんとかはありませんでした。
夜中になると狐とかが家の近くに来るようなところです

村に一軒だけというほんの小さなひと間ほどの、おばあさんが店番をしているいわゆる駄菓子屋さんにおいてあるお菓子が子供の頃のお菓子のすべてでしたね。
置いてあるものといえば、酢イカであるとか、箱を破って当て物するクジであるとか、はったい粉?にまぶした飴玉とか、チューブに入ったチョコレートであるとかですか。

だいたい5円か10円玉をもらって弟とその駄菓子屋がある坂の上まで買いに行ってました。
飴玉が2つで1円のころの話しで、10円だとキャラメルが1箱たしか買えた時代だと思います。

ずいぶんとむかしを懐かしむ印象があるかと思いますが、「ハイスコアガール」に出てくる溝の口商店駄菓子屋を見てると、売ってるものや雰囲気なんかはぼくの育った当時とほとんど変わってないやん、と思いました。
出てくる子供たちも「あぁ、いたいた」っていう共感があるのでその当時はまだ昭和のテイストが残っていたのでしょうか。

まぁ、あの時代設定もつい最近のものではないですが、それでもぼくが子供の頃からすれば十数年は立っていますから、田舎も都会もかわらずに駄菓子屋さんとはああいった雰囲気をかもしだした子供たちの社交場であったのだなぁと思います。
そんな駄菓子やさんもだんだんと少なくなっているらしいのですが。

こちらのサイトはそんな昔懐かしい駄菓子の紹介をされています。
いまでも作って売っておられるところもあるのですね。

駄菓子辞典
https://dagashijiten.com/


さてさて、懐かしの駄菓子(おやつ)とのお題ですが、ぼくの子供の頃はまだ紙芝居という興行がありました。

これはまた別の幼い頃に住んでいた街でのお話です。
父親が建築関係の仕事をしていて、小さいころはそこの現場が終わるとまた次の工事のある街へ移動するという生活をしていました。

その引っ越した街ではおじさんが自転車に乗ってやってきて、子供を集めて紙芝居をするのです。
ドライビングシアターとは逆で向こうからやってきてくれるのです。子供たちにはひとつの娯楽でした。
ぼくが当時見ていた記憶があるのは「黄金バット」でした。

そのときにせんべいに赤いジャムだかソースを塗ってもらったものか、ガラスの試験官のような入れ物に入ったゼリーのようなものを買って食べながら見るのが当時の楽しみのひとつなのでした。
はじめてゼリーを買った時は、それがほかの子たちのようになかなかうまく吸い出せなくて、おじさんがせんべいに交換してくれたという記憶があります。

なんでそんなことをいまでも覚えてるんでしょうね。

そういう駄菓子(おやつ)たちの味は総じてなぜだか味覚的には「あまずっぱい」ものなのであったりしますよね。

geee3の話題

おやじのさ、飴玉1円て江戸時代か?
飴玉一つはどう買うの?1円半分に割る?

バキか!

バキって何?

皆:・・・。

突っ込みは平成。


きょうはうちばや家の家族の誕生日でした。
ケーキを作ったのはToudaijiとmamekariです。

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投稿者プロフィール

UchibayaFamily
UchibayaFamily
うちばや家のみんなが参加する、やや週刊 うち流行というコーナー。
各刊、4人の趣味嗜好を炙り出します。
あらためて、あんたそうやったーんと発見があれば面白いとおもうのだにゃ。(背後霊猫さん)
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